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大阪高等裁判所 昭和39年(う)471号 判決

被告人 山本秀次

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐伯千仭、同井戸田侃連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤まりの主張)について。

所論は、刑法第二〇八条の二第一項にいうところの兇器準備集合罪の目的は、いわゆる目的犯における目的であるから、当然「他人ノ生命身体又ハ財産ニ対シ害ヲ加フル」という結果の発生を積極的に意慾するものであると解されるところ、原判決は、判示第三の事実摘示において「身体に危害を加えることも辞さない目的で集合し」と判示し、結果の発生を単に未必的に認容する場合も同条に云う目的に当るものと解し、前示法条をもつて処断しているが、右は同条の解釈適用を誤つた結果罪とならない行為を有罪とした違法があり、原判決はこの点において破棄を免れないというのである。

よつて案ずるに、刑法第二〇八条の二第一項にいわゆる兇器準備集合罪は、多数の者によつて他人の生命身体又は財産に対し加えられる危害の発生を未然に防止するため、その予備的行為を罰しようとする法意にあることにかんがみると、同条にいう「共同して害を加える目的」とは、二人以上の者が共同実行の形で実現しようとする加害行為の結果の発生を確定的に認識し、更にこれを積極的に意慾して行動に出る意思までを必要とするものでなく、結果の発生を確定的に認識し、或はその発生の可能性を認識してあえて行為に出る意思があれば足り、又、その意思も相手方の行為その他の事情を条件とし、条件成就の時には加害行為に出ると決意することで足りるものと解されるところ、原判示第三の事実摘示によれば、「身体に危害を加えることも辞さない目的で」と記載し、右文言だけをみると、単に加害行為による結果発生の可能性を認容する意図であるかの如く解されないでもないが、その前文によると「南栄会々員及びその上部の久次米組組員等が報復のため襲撃してくることが充分予想されたので、かかる事態に対処し、右来襲の際は……南栄会々員らを撃退すべく」云々と記載されているから、被告人らには進んで出撃して危害を加える意図がなかつたことを明示しているとともに、所論のように結果の発生を単に認容するだけの意思であつたことを表現する趣旨でもなく、むしろ相手方が来襲の際には、これを撃退するため迎撃し、相手に対し共同して加害行為に出る意図であつたこと、すなわちその目的は条件付ではあるが確定した加害の意思であつたことを認定判示しているのであつて、仮に同条の目的を確定した意図に限ると解しても、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について。

所論は要するに、原判決は判示第三において、被告人は南栄会々員らが来襲の際は、共同して撃退すべく、同会員らの身体に危害を加えることも辞さない目的で兇器を準備し、高田組事務所に集合待機したと認定しているが、被告人が高田組事務所に赴いたのは、砂子川組の若者頭の立場にあつたので同組員である富永らが惹起した事態を収拾するためであり、しかも、当時喧嘩の内容や相手方も知らなかつたのであるから、相手に対し危害を加える等のことは考えもしないことであるし、そのため現場で事情を聴取して後は、集合者を解散させる一方、相手方に話合に行かせ或は相手組員を送り届ける等なし、事態の円満解決に努力したのである。もつとも現場に赴く際猟銃を持参したり、用意させたりしたが、それは万一の場合相手をおどして被害を未然に防止する積りであつたものに過ぎない。そのことは、本件の相手が被告人と二〇年来親しい者であることを考えれば容易に肯定できることである。被告人の供述調書中には右と異る部分も存在するが、仔細に検討すれば該部分も判示の如き趣意でないことが認められる。原判決がこれらの事情を無視し、判示の如く認定したのは、重大な事実誤認をしたものでとうてい破棄を免れないというのである。

よつて所論にかんがみ記録を精査して彼此検討するも、結局原判決が判示第三につき挙示した証拠により認定した原判示事実は充分これを肯認し得るところである。すなわち、右証拠によると、被告人は砂子川組の若者頭で山本組の組長であつたところ、砂子川組傘下富永組の組員が、昭和三七年七月七日午前一時半頃から同二時頃までの間に原判示第一、第二に記載の如く、久次米組傘下の南栄会々員らの乗車する自動車を襲撃したり、南栄会事務所を損壊したことから、相手側南栄会々員及びその上部の久次米組々員から報復のため襲撃を受けることが予想されるに至り、右富永組々長富永修一郎ら組員は、同日午前三時前頃この事態に対処するため、当時迎撃するのに最も適当と思われる久次米組傘下高田組の事務所に集合する一方、組員打井昭夫をしてその旨被告人に連絡し来援を求めたこと、被告人は右連絡を受けるや、事態の重大なことを知り、自己が若者頭の立場にあつたので、自宅にあつた五連猟銃一丁実包二〇発を携え、急遽高田組事務所に赴いたこと、現場には富永組の組員は勿論、砂子川組の相談役(前の若者頭)桜井庄太郎、年寄西口末治、中島佐太郎をはじめ傘下組員一〇数名が参集し、日本刀、匕首、木刀を用意していて被告人の来援を待ち望んでいる状況にあつたこと、被告人は直ちに組員牧野実をして池明夫方へ二連猟銃を借りに行かせ、組幹部らと事態の収拾方を打合せるとともに襲撃を受けるとすれば朝方と見込み、来襲を受けた際は組員らとともに準備の兇器をもつて相手をいわす覚悟(傷つけるか場合によつては殺しても良いとの考え)で、同日午前四時頃までの間右事務所で待機し事の成り行きを見守つていたことが認められる。もつとも、被告人が現場に赴く際はせつた履き浴衣がけであつたこと、現場で組員向田光男を相手側との話し合いに行かせたこと、組員が連行して来た南栄会々員に対し何らの危害も加えさせず自宅に送り届けさせたこと、最後には被告人が集合者を解散させたこと等は所論のとおりであるが、右は、被告人が集合者の最高指揮者の地位にあつて直接加害行為に出る必要がなく、又、事態を被告人側からの攻撃により拡大させないよう配慮していたためであり、前示の如、被告人自らが兇器を準備し、又、準備させたりしていることと併せ考えると、右事実をもつて相手が襲撃して来た際にも、これを迎撃せず、事態の円満解決を図る意思であつたとは解し難く、かえつて、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人自身かつて本件と同様の事件につき何らの準備態勢をもとらなかたところ、急に襲撃を受け多くの負傷者を出した経験があるので、相手方の襲撃に対処するための迎撃態勢には充分の配慮をしていた旨供述するところや、解散を命じた後においても、自ら準備した猟銃を富永に貸し、富永の自宅で兇器を準備して集合待機するよう命じていることを綜合すると、被告人には進んで先制攻撃に出る意図はなかつたこと明らかであるが、相手が来襲した際は、これを迎撃し、相手に危害を加える意思であつたことが明らかである。なお、被告人の捜査官に対する供述調書所論の観点から検討しても、原審の認定を変更すべきものは発見できない。その他の記録を精査しても、原判決の判示事実の認定を疑わしめる証拠はなく、結局原判決には所論の如き事実誤認がないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(判決に影響する法令解釈適用の誤りの主張)について。

所論は、兇器準備集合罪は、生命身体等に対する侵害の予備犯であるから、これが成立するためには危険発生の可能性を有する行為でなくてはならないところ、本件では相手側において被告人らを襲撃する状勢になかつたこと明白であるから、被告人らの行為は何ら危険の発生を生ずる余地がなく、兇器準備集合罪が成立しないこと明らかであるのに、原判決がこの点を見逃し、前示法条をもつて処断したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈若しくは適用を誤つたもので、原判決は破棄を免れないというのである。

しかし、刑法第二〇八条の二第一項の罪は二人以上の者が他人の生命、身体、財産に対し共同して先制的攻撃を加えようとして兇器を準備し、又はその準備のあることを知つて集合した場合に限らず、本件の如く相手側が襲撃して来た際には、これを迎撃し、相手を共同して殺傷する目的をもつて、兇器を準備し、又はその準備のあることを知つて集合した場合にも成立し、右のほか所論の相手側においても兇器を準備して集合したとか、出撃、迎撃の態勢にあつたとかの事実の客観的存在は、本罪の構成要件となつてはいないと解する。

而して、原判決はその挙示の証拠により前記構成要件に該当する事実のほか、その動機的事情として『被告人らは右第一、第二の犯行が行なわれたからには南栄会々員及びその上部の久次米組らが報復のために襲撃してくることが充分予想されたので、かかる事態に対処し』判示第三の兇器準備集合をなした旨認定し、被告人の右所為に対し刑法第二〇八条の二第一項を適用処断したのであるから、右法令の解釈適用には何ら違法の点はない。論旨は独自の見解によるもので、採用できない。

控訴趣意第四点(量刑不当の主張)について。

所論にかんがみ記録ならびに当審における事実調べの結果を綜合して案ずるも、本件第三の犯行は、暴力団仲間の喧嘩斗争に起因する組織的暴力事犯であるばかりでなく、殊に兇器の準備、結果の規模も大大的で危険発生の可能性が高度であつたこと、被告人には粗暴犯の前科があり、本件組織団体の最高幹部でありながら、自ら兇器を準備する等なし、事件の主動的立場にあつたことならびに平素から兇器となり得るものを不法に所持していたことなどの事実にかんがみると、幸い殺傷の結果をみなかつたことやその他所論の被告人に有利な情状を斟酌してみても、原判決の刑が重過ぎるとは考えられないから、本論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 石合茂四郎 木本繁 西村清治)

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